第一章:はじめに
1-1. ペットシッター業界とM&Aの概要
ペットシッターは、飼い主が旅行や外出、仕事などで留守にする際に、自宅へ訪問してペットのお世話を代行するサービスを提供する業種です。近年では、ペットシッター業のみならず、ペット関連ビジネス全般が活況を呈しており、特に新型コロナウイルス感染症拡大以降はペットを新たに迎える家庭が増えたため、一層注目されています。
一方でM&A(Mergers and Acquisitions、合併・買収)とは、企業同士が戦略上の理由から合併や株式取得などによって事業を統合する行為を指します。ペットシッター業界でのM&Aは、まだ頻繁に報道されるほど一般的ではないものの、ペット関連産業全体の成長を背景に徐々に増加してきています。特に、ペット保険、ペットフード、トリミングサロンなどの周辺事業を展開する企業が、ペットシッター事業を買収して新しいサービスを取り込むケースや、あるいは逆にペットシッター企業が関連サービスを買収してワンストップでの提供を目指すケースなど、多様な形態が見られます。
本記事では、ペットシッター業が成長する背景や、その中でM&Aを検討する企業にとって重要となるポイント、さらにM&Aのプロセスや成功事例、そして今後の見通しや課題などを総合的に考察していきます。
第二章:ペットシッター業界の背景と現状
2-1. ペット市場の拡大要因
ペット産業全体の市場規模は拡大傾向にあります。その背景として、以下の要因が挙げられます。
- 少子高齢化と単身世帯の増加
少子高齢化が進み、独身者や高齢者のみの世帯が増加するにつれ、「家族の一員としてペットを迎える」という消費者が増えています。また、高齢者にとってペットは精神的な支えにもなるため、こうした世帯のペット需要は今後も続くと考えられます。 - 新型コロナウイルス感染症拡大による在宅勤務の増加
コロナ禍によって在宅勤務が広がり、自宅で過ごす時間が増えたことから、ペットを飼うことへの心理的・時間的なハードルが下がったといわれています。実際に、2020年以降はペットの飼育頭数が増えたという統計も出ており、今後も在宅勤務が一定数の企業で定着する見通しがあることから、このトレンドは継続する可能性があります。 - ペットに対する価値観の変化
昔は「番犬」や「ネズミ捕り」などの役割で飼われていたペットが、現代では「家族の一員」と認識されるようになりました。これに伴い、ペットにかける費用を惜しまない飼い主が増えており、ペットに対するサービス産業も多様化・拡充されています。
2-2. ペットシッターサービスの需要拡大
ペットが家族の一員として大切に扱われるようになるに従い、飼い主のニーズも変化してきました。特に以下のような要素がペットシッターの需要を押し上げています。
- 外出や旅行時にペットホテルを利用したくない層の増加
ペットシッターは自宅でペットを世話するため、ペットホテルよりもペットのストレスが少ないと考える飼い主が増えています。特に猫の場合は環境の変化に敏感であることから、猫の飼い主を中心にペットシッターの利用が増えているといわれています。 - 在宅ワークの普及と働き方の多様化
在宅勤務が増えたことで、一時的にペットシッターの需要が減少した面はあるものの、逆に、飼い主が外出する際には、これまで以上にペットに対するケアを行いたいという意識が高まる傾向もあります。飼い主自身のスケジュールに合わせて柔軟に依頼できるペットシッターは、このようなニーズに対応しやすいといえます。 - 多様化するサービス内容
ペットシッターのサービス内容は、単なる給餌や排泄物の処理だけでなく、ペットと遊んだり、散歩したり、トリミングや投薬のサポートなど多岐にわたっています。こうしたきめ細やかなサービスが飼い主から評価され、需要拡大につながっています。
2-3. 業界プレイヤーの特徴
ペットシッター業界は、個人事業主からフランチャイズチェーン、大手の総合ペット関連企業が運営するサービスまで、多様なプレイヤーが存在します。個人の場合は地元密着型のサービスを展開するケースが多く、大企業の場合は全国に展開するフランチャイズ形式や、その他ペット関連サービスとの統合によるスケールメリットを狙うケースが見られます。
しかし、他のペットビジネス(例えばペットフードや獣医療、ペット保険など)と比較すると、ペットシッター業はまだまだ中小規模の事業者が中心です。そのため、市場全体で見たときには事業者数は多くとも、一社当たりの市場シェアは小さいという特徴があります。
第三章:ペットシッター業におけるM&Aの意義
3-1. 市場参入・拡大の手段としてのM&A
ペットシッター業界は、今後も需要が拡大すると予測されますが、既存のマーケット構造としては、小規模プレイヤーが多数存在しており、地域ごとのサービス品質や価格帯にばらつきが見られます。こうした状況下で、新たに市場へ参入する企業や、すでに参入している企業が規模を拡大する手段としてM&Aは有効です。
- 新規参入企業のメリット
M&Aによって既存のペットシッター企業や事業を買収することで、ノウハウや顧客基盤をスピーディに獲得できます。ペットの扱いに関する知識・技術、顧客コミュニケーションの方法、信頼関係の構築など、実務に即した経験値が得られるため、ゼロから立ち上げるよりも時間を大幅に短縮できる可能性があります。 - 既存プレイヤーのメリット
地域を拡大したい場合や、ペットシッター以外の関連サービス(例:ペットホテル、ペット保険代理店など)を取り込んでワンストップ化を目指したい場合にも、M&Aは効果的です。買収先企業の顧客基盤やネットワークを生かすことで、シナジー効果を期待できます。
3-2. サービス多角化やブランド力強化の手段
ペットシッター業界でM&Aを実施することは、サービスの多角化やブランド力強化にもつながります。たとえば、ペットシッター企業がトリミングサロンやペット用品のECサイトを持つ企業を買収すれば、顧客に対して複数のサービスをワンストップで提供できる体制が整います。さらに、複数のサービスが互いに集客を補完し合うことで、マーケティングの効率化が期待されます。
また、ブランド力が弱い地域密着型のペットシッター企業に対して、大手企業がフランチャイズや買収という形でブランドイメージを提供することで、互いにウィンウィンの関係を築くケースも増えています。M&Aを通じて有名ブランドの傘下に入ることで、集客力や信頼度が向上し、結果的に顧客数や売上の拡大につながります。
3-3. 人材確保と教育の効率化
ペットシッター業は、サービスの質を担保するために、信頼できるスタッフの育成が不可欠です。ペットの健康管理や飼い主とのコミュニケーションスキルなど、多面的な能力が求められるため、人材育成には時間とコストがかかります。M&Aにより、すでに熟練のシッターを多数抱える企業を統合できれば、人材確保と教育コストの抑制が可能になります。
特に、地域密着型のペットシッター企業の場合は、スタッフが地元の飼い主と長年にわたって築いてきた信頼関係が大きな強みとなります。M&Aにより、こうした「人と人とのつながり」を含めて取り込むことができれば、買収企業としては事業拡大を円滑に進めることができます。
第四章:M&Aを検討する際の注意点
4-1. 法規制や行政手続きの把握
ペットシッター業においては、ペットの取り扱いに関する法規制や行政への届け出が必要です。具体的には、「動物の愛護及び管理に関する法律」などに基づき、第一種動物取扱業の登録が必要となる場合があります。M&Aで事業を統合する際、買収先の行政登録や許認可がどうなっているのかを事前に確認し、統合後に更新や変更手続きを確実に行う必要があります。
また、自治体ごとに条例や指導要綱が異なることもあるため、複数地域で事業展開を行う企業は、買収先の所在地の規制状況も含めて総合的に調査することが重要です。許認可関連に不備があった場合、最悪のケースでは事業継続が困難になる可能性もあるため、デューデリジェンス(後述)を徹底的に行う必要があります。
4-2. ブランドイメージのすり合わせ
ペットシッター企業は飼い主との信頼関係が非常に重要です。M&Aによって企業の看板やブランドが変わると、顧客離れのリスクが生じる場合があります。特に、地域密着型の小規模企業を大手が買収するケースでは、「大型チェーンになってしまった」「サービスの質が変わった」といった印象を与えないよう、買収後のブランド戦略やコミュニケーション計画をしっかり立てる必要があります。
逆に、ブランド統合によるメリットとしては、大手ブランド名による安心感を付与できることが挙げられます。買収先の顧客に対して、事前に十分な説明やキャンペーンを行うことでスムーズな移行を実現し、ブランド価値を向上させるチャンスにもなります。
4-3. サービス品質の維持と統一
M&A後は、複数の企業から成る組織を一体運営していくことになります。特にサービス業の場合は、スタッフごとに経験やスキル、モチベーション、サービスのマニュアル化の度合いなどが異なります。買収先の企業が独自のやり方で運営していた場合、それを完全に統一するのか、それとも地域の特色を残すのか、経営陣は方針を明確に示す必要があります。
買収後の統合プロセスにおいて、以下のような点がポイントとなります。
- サービスマニュアルの標準化
ペットの給餌・散歩・衛生管理・トラブル対応などについて、統一したマニュアルを作成しスタッフ全員で共有することで、サービス品質を一定レベル以上に保つことができます。 - スタッフ教育と研修
統合後にスタッフ同士で情報交換を行う場や研修機会を設けることで、お互いのノウハウを学び合い、サービス品質の向上を図ります。 - クレーム対応の窓口と責任者の明確化
ブランドが統合されると、従来のクレーム対応体制と買収企業側の体制が重複する可能性があります。早い段階で新たな体制を定め、顧客に周知し、スムーズにクレーム対応が行えるよう整備することが重要です。
4-4. 価格帯やサービスメニューの調整
ペットシッターの料金設定は地域や企業規模によって大きく異なります。買収後の新体制で価格戦略をどうするかは、非常に重要な経営判断です。買収先のサービス価格が極端に安価である場合、統合企業としての採算が合わなくなるリスクがあり、逆に高価格帯であれば顧客離れが起こるかもしれません。
そこで、地域ごとの相場感、スタッフの人件費、交通費などを踏まえて、適切な価格体系を再構築する必要があります。また、ペットシッター以外の関連サービス(トリミングやグッズ販売など)を抱えている場合は、セットメニューや会員プログラムの導入など、一貫した価格政策を打ち出すことで、M&Aによるシナジーを最大化できます。
4-5. 財務状況や潜在リスクの精査(デューデリジェンス)
M&Aでは、買収先の企業価値を正しく評価することが不可欠です。ペットシッター業の場合は、固定資産が少ない一方で、顧客リストやスタッフのノウハウなど、無形資産の価値が大きい傾向にあります。そのため、以下のような観点でデューデリジェンスを実施する必要があります。
- 財務デューデリジェンス
売上構成、利益率、負債状況、将来のキャッシュフロー見通しなどを確認します。特に、ペットシッターは季節変動や繁忙期などの要因で収益が変動しやすいので、通年の売上推移をきめ細かくチェックすることが重要です。 - 法務デューデリジェンス
動物取扱業の許認可状況や契約書の内容、顧客との利用規約、スタッフとの雇用契約など、法的に問題がないかを確認します。 - ビジネスデューデリジェンス
顧客満足度調査やスタッフのスキルセット、地域での評判、リピーター数など、定量化が難しい面も含めて総合的に評価します。ペットシッター業は口コミや評判が非常に重要ですので、SNSやオンラインレビューの分析も欠かせません。 - リスクデューデリジェンス
動物事故やサービスの不備、スタッフの不正などによるトラブル対応リスクの洗い出しや、保険加入状況、賠償リスクの把握も重要です。
第五章:M&Aのプロセスとステップ
ペットシッター業に限った話ではありませんが、M&Aの進め方としては以下のような一般的なステップがあります。それぞれの段階で、ペットシッター業特有の視点や注意点を押さえておく必要があります。
5-1. 戦略策定・対象企業の選定
まずは自社の経営戦略上、なぜM&Aが必要なのかを明確にし、M&Aの目的や目標を定めます。その上で、目的達成のために適した企業をリサーチし、リストアップします。ペットシッター業では、以下のような視点が重要です。
- 地域戦略: どの地域でサービスを拡大したいのか。人口やペット飼育数の多い都市部なのか、ペットを飼う世帯率が高い郊外なのかなどを考慮します。
- サービス分野: ペットシッターに加えて、トリミングやペットホテル、ペット保険の代理店契約などを既に展開している企業を狙うのか。
- ブランド力: 既に地元で定着したブランドを持つ企業か、それとも新規にブランド構築が必要な企業か。
- スタッフ数や質: 経営人材やシッター人材、マネジメント体制などが整っているか。
5-2. アプローチ・基本合意
リストアップした対象企業にアプローチし、秘密保持契約(NDA)を結んだ上で初期的な情報交換を行います。ペットシッター業の場合は顧客情報やスタッフ情報が重要な機密情報となるため、この段階での情報取り扱いには十分配慮する必要があります。
その後、条件が合意できそうな場合には基本合意書(LOI)を締結します。この段階では、おおまかな買収価格や支払い条件、スケジュール、独占交渉権の有無などを定めます。
5-3. デューデリジェンス(詳細調査)
基本合意後、先述したとおり財務・法務・ビジネス・リスクなど多角的なデューデリジェンスを実施します。ペットシッター業特有のポイントとしては、以下が挙げられます。
- スタッフとの契約形態や離職率: スタッフが登録制や業務委託の場合、買収後に契約を継続してもらえるか、条件変更がないかを確認します。
- 顧客リストの精度: リピーターの有無や頻度、連絡先の正確性、次回予約の見込みなどを確認し、継続的な収益が期待できるかを判断します。
- 動物取扱業登録の継続性: 登録の期限や自治体への提出書類の有無をチェックし、買収後の更新手続きがスムーズにいくかどうかを把握します。
- 保険加入状況: 動物医療保険やペットシッター向け賠償保険などの加入状況と、内容が自社の基準に合致しているか。
5-4. 価格交渉・最終契約書の締結
デューデリジェンスの結果を踏まえ、最終的な買収価格や条件の調整を行います。ペットシッター企業の場合は有形資産が少なく、無形資産(ブランド力、顧客基盤、スタッフノウハウなど)の評価が重要になりますが、これらの評価は客観的に算定しにくいため、交渉が難航するケースも少なくありません。
交渉がまとまれば、最終契約書(株式譲渡契約や事業譲渡契約など)を締結します。ここでは、アーンアウト(買収後の業績に応じて追加報酬を支払う仕組み)や競業避止義務(譲渡側が同一地域・同一業種で競合ビジネスを行わない義務)などの取り決めが重要となる場合があります。
5-5. クロージング・PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)
契約締結後に最終的な決済(クロージング)を行い、株式や事業資産の譲渡を完了します。その後のPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)が、M&Aの成否を左右するといっても過言ではありません。ペットシッター業界でのPMIでは、以下の点が特に重要です。
- スタッフのモチベーション管理: 買収によってスタッフが不安を感じるケースは少なくありません。コミュニケーションを密に取り、研修やフォローアップを行い、企業理念や今後のビジョンを共有することで離職を防ぎます。
- サービス内容とマニュアルの統合: 買収企業と被買収企業で異なるマニュアルやサービス基準がある場合、それを一本化するのか、地域特性を活かしてカスタマイズを残すのか明確にします。
- ブランド戦略の周知: 顧客や地域に対して、買収後のブランド名・ロゴ・サービス方針などを積極的に告知し、安心感を与える取り組みを行います。SNSやプレスリリース、地元紙への広告などを活用することが効果的です。
- シナジーの最大化: ペットシッター以外のサービスを展開している場合は、相互にサービスを紹介するなどクロスセルの仕組みを整備し、売上拡大を図ります。
第六章:M&A成功事例と失敗事例
6-1. 成功事例:地域密着型シッター会社と大手ペット関連企業の統合
ある大手ペット関連企業A社は、ペットフードやペットグッズの販売事業を全国展開していましたが、顧客とのより密接な接点を得るため、地域で人気の高いペットシッター会社B社を買収しました。B社は小規模ながら高いリピート率を誇り、顧客からの信頼が厚かったものの、ブランド認知や集客に限界を感じていた状態でした。
統合後は、A社のブランド力とB社の地域での信頼を組み合わせることで、短期間で新たな顧客層を獲得しました。また、A社のオンラインストアでB社の顧客向けに特別クーポンを配布するなど、クロスセル施策が成功し、売上や利益の大幅な拡大につながりました。さらに、B社スタッフが持つ高いシッタースキルをA社が全国に展開している他拠点にも導入することで、全体のサービス品質が底上げされたといいます。
6-2. 失敗事例:ブランド統合に失敗したケース
一方、別の大手ペット関連企業C社が、地方で一定のシェアを持つペットシッター会社D社を買収した例では、統合後に顧客離れが起こり、期待していたシナジーを得られなかったケースがあります。原因としては、以下の点が挙げられました。
- 地域密着型の「温かみのあるサービス」の強みを生かせなかった
C社は全国統一のマニュアルを導入し、一律のサービスを提供しようとしました。しかし、D社の顧客層はスタッフとの人間関係を重視しており、「大手チェーンの事務的なサービスになった」という印象を与えてしまったのです。 - 買収後の人材流出
D社スタッフの多くは「自由な働き方」「オーナーとの信頼関係」を重視していたため、買収後に新オーナーであるC社の硬直的な管理体制に不満を持ち、離職が相次ぎました。その結果、顧客との信頼関係を担っていたスタッフがいなくなることで、更なる顧客離れが加速しました。 - 価格戦略の失敗
C社は全国的に行っている価格設定をそのままD社エリアにも導入しましたが、地域の相場より高かったため、コストパフォーマンスを感じられなくなった顧客が他社へ流出してしまったのです。
第七章:今後の展望と課題
7-1. ペット市場全体の先行き
日本における少子高齢化や単身世帯の増加は続くと考えられており、ペットの飼育数や需要は引き続き底堅いと予想されます。一方で、世界的な経済情勢の変動や、コロナ後のライフスタイル変化に伴い、在宅時間が増えることも考慮する必要があります。ペットシッターの需要は高止まりすると見る向きもあれば、ペット関連の支出を削減する消費者が増える可能性も否定はできません。
7-2. ペットシッター業界における競争激化
需要増に伴い、個人や新規事業者の参入が相次ぐことで、ペットシッター業界の競争は一層激化するでしょう。大手フランチャイズチェーンの存在感も高まると予想され、小規模事業者にとっては厳しい環境となるかもしれません。こうした市場環境の中で、M&Aによるスケールメリットやブランド力強化の重要性がさらに増していくと考えられます。
7-3. デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展
近年、ペットシッター業でも予約や決済をオンライン化する動きが見られます。大手企業では、専用のアプリを開発して、シッターと顧客をマッチングしたり、サービスの履歴や料金を一括管理できるシステムを導入したりする例が増えています。M&Aによってテクノロジー企業を取り込み、DXを推進する動きも考えられます。
一方で、従来からの地域密着型事業者は必ずしもITに強くない場合が多いため、こうしたDXの波に乗り遅れると競争力を失うリスクがあります。買収先企業にITリテラシーを向上させる研修プログラムを導入したり、システム開発を一元化したりするなど、M&Aを通じて業務効率化や顧客満足度の向上を図る取り組みが加速すると予想されます。
7-4. サステナビリティと社会的課題への対応
ペット業界全体で、動物福祉や環境負荷の問題への配慮が求められるようになってきています。例えば、ペットフードの材料や生産過程での環境負荷、動物虐待や捨て犬・捨て猫の問題などです。ペットシッター業も例外ではなく、動物愛護や持続可能なサービス提供に対する取り組みが、消費者からの評価や選択に大きく影響します。M&Aを機にこうした課題に対する方針や活動を刷新し、CSR(企業の社会的責任)を強化する企業も増えるでしょう。
7-5. 海外との連携とグローバル化
日本国内のペットシッター市場は拡大傾向にあるとはいえ、既に海外ではさらに多彩なペットサービスが展開されている国もあります。海外企業との業務提携やM&Aによって、海外で成功しているビジネスモデルやサービス形態を導入する動きも考えられます。特に、高齢化が進んでペットケアサービスが日常的に活用されている欧米諸国から学ぶ点は多いと考えられます。
第八章:M&Aを成功に導くためのポイント
8-1. 明確な戦略目標の設定
M&Aはあくまで手段の一つであり、目的ではありません。自社が達成したい事業拡大やサービス多角化、人材確保などの具体的な目標を明確にし、それを基に対象企業を選び、価格交渉やPMIを進めることが肝要です。特にペットシッター業界は、規模の拡大だけでなく、ブランドイメージや信頼性、人材力が重要な要素となるため、数字だけでなく定性的な要素も評価基準に含めるべきです。
8-2. 円滑なPMI(統合)体制の構築
M&Aの成否を左右するのはポスト・マージャー・インテグレーション(PMI)の段階です。特に、サービス業であるペットシッター業では、人材や顧客とのコミュニケーションが中心となるため、組織文化の統合やサービス基準の統一は非常にデリケートな問題となります。
- コミュニケーションの強化: 経営陣から従業員、そして顧客に対する情報開示や説明をタイムリーかつ誠実に行うことが重要です。
- リーダー人材の確保: 統合後の新組織を引っ張るリーダーや管理職を明確にし、必要であれば外部から採用するなどの対応を検討します。
- ITシステムや業務フローの統合: ダブルワークや不必要な手間が生じないように、迅速にシステムやフローを統合し、業務効率化を図ります。
8-3. 顧客・スタッフとの信頼関係の維持
ペットシッター業における最も大きな資産は「信頼関係」です。顧客にとっては大切な家族であるペットを預ける行為ですから、スタッフとの繋がりや企業ブランドに対する安心感がなにより大切になります。M&Aによってオーナーやブランドが変わっても、その信頼が損なわれないよう、以下のような取り組みを行うことが望ましいです。
- 既存顧客への丁寧なアナウンス: 買収後のサービス体制やスタッフの変更点などを、メールや手紙、SNSなどでわかりやすく説明し、安心感を与える。
- スタッフの待遇と働きやすさの維持・向上: 離職率を抑えるため、買収後もスタッフが働きやすい環境を整備し、報酬や福利厚生に配慮する。
- サービス品質の向上施策: 新しいノウハウや設備投資、教育研修への予算拡充などにより、買収後さらにサービスが良くなると感じてもらえるよう努力する。
8-4. データ分析とマーケティング戦略
ペットシッター業界は口コミや紹介による集客が依然として強いといわれていますが、近年ではSNSやWeb広告を活用したデジタルマーケティングが重要度を増しています。M&A後は、買収先の顧客データや地域データを活用し、新たなターゲット顧客層への展開や、既存顧客の囲い込みを強化することが可能になります。
- 顧客データの一元管理: CRM(顧客管理システム)などを導入し、顧客の来訪・利用履歴や問い合わせ内容などを記録して、個別に最適化されたサービスやプロモーションを行う。
- ローカルマーケティングの強化: 地域の特性やペット飼育率、競合状況を踏まえ、チラシや地域SNS、地元イベントなどにも積極的に参加して認知度を高める。
- オンラインプラットフォームとの連携: 予約サイトやマッチングサイト、SNSなどとの連携や広告出稿によって、新規顧客を開拓する。
第九章:まとめ
ペットシッター業界は、少子高齢化やライフスタイルの変化、そしてペットに対する価値観の多様化を背景として、今後も成長が期待される分野です。こうした中で、M&Aは企業がシェア拡大やサービス多角化、人材獲得などを効率的に進める手段として、ますます注目されると考えられます。実際、ペット保険やトリミング、ペットフード販売などの周辺領域を含めて、既にM&Aによる統合が進みつつあり、ペットシッター業界の再編が始まっています。
しかし、ペットシッター業はサービス業であり、飼い主やスタッフとの信頼関係がビジネスの根幹です。そのため、M&A後のPMIで組織文化やブランドイメージをうまく統合できないと、顧客離れやスタッフ離職に直結するリスクが高いのも事実です。買収前のデューデリジェンスにおいては、財務・法務面の精査だけでなく、ビジネスモデルやブランド力、人材状況まで含めて多角的に評価する必要があります。
また、買収後は、サービスマニュアルの整備やスタッフ教育、顧客へのアフターフォローなどを徹底し、信頼関係を維持・強化していく体制づくりが欠かせません。成功事例と失敗事例を比較すると、単に資本とブランドを統合するだけでなく、現場のスタッフや顧客を巻き込んで丁寧にコミュニケーションを図ることが、長期的な発展につながる大きな要因であることがわかります。
今後、ペットシッター業界では、デジタルトランスフォーメーションやサステナビリティへの意識が高まり、関連領域との相互連携や海外企業との協業も進む可能性があります。M&Aを積極的に活用することで、新しい価値を生み出し、ペットと飼い主が安心して暮らせる社会を実現する企業が増えていくことが期待されます。ペットシッターという人と動物を繋ぐやりがいのある仕事が、より多くの人の目に触れ、質の高いサービスとして成熟していくためにも、M&Aという選択肢がさらに重要な役割を果たしていくでしょう。